最近、ジャニーズの大倉さんのファンへの注意喚起ともいえるブログが話題になっている。
芸能人であること、アイドルであること。
ファンあってのアイドルであるが、度が過ぎると今回の様な大きな影響を及ぼすこととなる。



大倉さんの文中にある「ファン」とは明らかに「同一のファン」に向けた文と思われます。
どこにいっても、きっとこの「ファン」は追っかけているのでしょう。
しかし、その内容は気味が悪いというか、犯罪だと思う。


何か判らない物を勝手に鞄に入れるとか、他人に向けてエアガンでBB弾を撃つとか、もはや犯罪である。
「モラル」のかけらもない人間の行動である。
自分が好きな芸能人がどこに行くのか、どこで仕事をしているのか、どこで食事をするのか、すべてを把握しているのが「ファン」だとでも思っているのだろうか。


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「ファン」が「ストーカー」に変わる?ファン心理の変化が怖い!


そもそも「ファン」とはなんでしょうか。
日本語では贔屓(ひいき)ともいいます。
語源は「盛んに力を使う、鼻息を荒くして働く」の古中国語の贔屓(ひき)から転じた。


日本ではこれに「重い物を下で支える」という意味が加わって、「特に目をかけて引き立てる」に転じたといわれる。
日本で「ファン」という言葉が使われるようになったのは、1920年大正9年に遡る、映画業界への事業展開に乗り出すため「松竹」がアメリカから招聘(しょうへい)したヘンリー小谷なる人物が使うカタカナ映画用語の一つであったのです。


陰ながら支え応援するのが本当の「ファン」ではないでしょうか。
「ファン」は度が過ぎると「マニア」になってしまうのです。
今回の大倉さんの事は「マニア」と化した人の異常な行動だということです。





ジャニーズのファンは行儀が悪い?熱狂的なファンが多いからか?


マナーのない行動の為に電車を止めたり、遅らせたりするような暴挙に出るファンもいる。
一部ではあるだろうが、若いアイドルが沢山在籍するジャニーズのファンが大半を占めている。
人を押しのけてでも自分の存在を示そうとする「熱狂的なファン」。


そんな存在を大倉さんが喜んでいると思いますか?アイドルではあるけれど、大倉さんは一人の人間です。
恋愛もするでしょうし、結婚も夢見ます。
それにいちいち意見してくるのは如何なものか。「ファン」は親でも親戚でもないんです。



現役のアイドルであるから異常に興味をもつのですが、将来を委ねられるわけもないのに口出しするのは論外です。
大倉さんも「あの女優とは別れたほうがいい」などとプライベートにまで入り込む「ファン」に悩んでいた。
いつ「ファン」でなくなるか解らない一般人の機嫌をとるのは、正直辛いはず。
喉まで出掛かっている気持ちを発言することも出来ない。

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「ファン」が「ストーカー化」すると犯罪者になる危険性もある。


福山雅治さんの事件があったことを思い出す。
部屋に入り込んで吹石さんと鉢合わせした事件だ。
あの時の奥様の恐怖は尋常ではなかっただろう。



知らない人間が部屋に入っているのだから、考えられないことです。
安心して住む事も出来ないのでは、芸能人であることをやめたくなっても仕方がない。
大倉さんも同じ気持になっている。



仕事であるステージに観覧に来て応援するのが「ファン」だと思っていた。
それが違う意味合いになってきた。
どこにでもついてまわる、付け回す、プライベートまでも探るようになると「ストーカー」と言わざるを得ない。


誰か忘れたが、「芸能人にはプライベートはない」と言っていた。
すべてを知ってもらわなければ「ファン」でないということになるなら、「ファン」をやめてもらって結構!と思ってしまう。
本心はそうなのであろう。


大倉ファンよ、ファンの鏡「宝塚ファン」の爪を煎じて飲むべきだ。

同じファンでも質が違う。
宝塚ファンはきちんとしていることで定評がある。
自分の贔屓の人を何よりも大事にしているからこそ、モラルに反したことはしない。



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ジャニーズも宝塚も「ファン」にとってはアイドルである。
その「ファン魂」に格段の差があることが、大倉さんの一件に現われている。
どこの芸能事務所もタレントの管理は出来るが、「ファン」の管理は出来ない。


注意喚起も出来ないわけではないが、一部の「ストーカー化したファン」には返って逆効果になる。
何もいわなければ、つけあがる。言えば事務所などにいいがかりをつけては問題を大きくしようとする。
なんとも始末が悪い。


ようするに人間性の問題である。
そこまでは、誰にも手立てはないのです。
自分の身は自分で守るしかないという現実である。


現在の自分の立場が芸能人であること、アイドルであること、注目される立場にあることなど、自覚しているのなら、精神的にまいらないように強い精神力など維持出来ない状態に落とされしまった大倉さん。なんとも痛ましい限りです。
けれども、極限状態になるのだけは避けたいのだが、「限界かもしれない」この一言に現在の大倉さんの状況が込められている。



最後にまとめ

どんな事にのめり込むのも、ある特定の人に惜しみない声援を送るのも自由である。誰も文句をいうことはない。
その物やその人物に湯水の如くお金を費やすのも自由である。

しかし、自分以外に迷惑をかけるのであれば、それは文句を言われる対象になることを承知していてほしい。
趣味嗜好は誰もが自由であるが、それは「モラル内」の事であって、「モラル」から外れる様な事があれば、自制、又は軌道修正する力をも持っていなければ「ファン」だと名乗ってはいけないと思う。


応援したい、頑張ってもらいたいと思っているのであれば、嫌な思いや心労を与える事は本意ではないでしょう?そこの大倉さんファンのあなた、本当に大倉さんのファンであれば過剰な「ファン魂」を持たない人であって欲しいと願う。