交際宣言後、舞台「またここか」の企画プロデュースをしている小泉今日子が、久々姿を見せた。
その時の二人が隣同士だったとか、堂々と一緒に立っていただとか、なんと批判の多いこと。
「恋人」の豊原さんと、メディアに出た小泉今日子に関してネット上でなんだかんだとの批判がある。



これに反応するのはどういう人?ひがみ、ねたみ、やっかみでしかない。
一方が離婚していないというだけで、他人の恋愛にまで口出しするのは、よほどの暇人なのだろう。
やれ、不道徳だ、やれ不倫だのと、耳にするのも目にするのも不愉快だ。



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小泉今日子、芸能界こんな女性もいてもいいんじゃないの?


「ただの友人の一人です」「おつきあいはしていません」と交際を否定したがる芸能界にあって、小泉今日子は実に小気味良い!変に隠し立てしない、作らない小泉今日子の態度に、嫌悪感は一切抱いてはいない。
「恋愛関係にあります。交際しています。結婚していらっしゃるのも承知しています。」一つも否定していない。



それよりも「奥さんやお子さんに対してどうお考えですか?」という「クソ質問」には、筆者は答える必要はないと思っている。
「不倫」には「被害者」はついてまわる。
それも承知で「恋愛している」のだから、「ご迷惑をお掛けして…」などの返答は、現在の「恋愛」を否定することになるのである。



小泉今日子はそれをも承知で対応しているのだ。
そうそう出来るものではないのだ。
逆に「結婚しているのに」とか「不倫でしょ?」とか「奥さんや子どもさんが可哀想」などなどいわゆる、「弱い立場の人」「被害者的立場の人」を自分勝手に「擁護」してあげている気になってしまう人達が、当事者を吊るし上げる。


そういう報道は見たくも聞きたくも無いと思うのである。
一般人の既婚者の、特に「妻」という看板をつけた人が騒いでいるだけなのだろうか?人は自分には出来ない事に対しては、「妬み」しか抱かないのだ。
その「妻」の人、家庭うまくいってないんじゃないの?不満があるのかな?幸せならば、他人の恋愛沙汰になんか興味はないはずだから。




「不倫」はなぜイケナイのか?「不倫」も恋愛の一つの形なのだが?


独断で書かせていただく。
日本は「一夫一婦制」である。
多くは男女一組が生涯の伴侶として、相手を見つけ、決意し婚姻関係を結ぶ。


入籍すると、夫婦という関係になる。
この「結婚」には「今後あなた以外を好きになりません」「あなた以外と恋愛はしません」の意味がある。
「もうあなたは、自由ではなくなったのですよ。」と言っているのと同じ意味だ。
「未来永劫」などという言葉は「恋愛」や「愛」にはないのだ。



感情の生き物である人間であるのならば、心変わりは避けて通れないのだ。
よく「結婚してから、妻以外に(夫以外に)興味を持ったことはありません。」「目移りしたことはありません。」とか言う人がいるらしいが、それは嘘だ!よほどの一極集中出来る器用な人がいるのであれば別だが。
まずそんな機械の様な人はいないのだ!


「結婚」している人が、対になっている相手以外に気持ちが移る、又は傾むいてしまうことを「不倫」というのだが。
小泉今日子に向けられる批判の多くは女性からのものだろう。
どんなツラで批判しているのか、顔が見たいものだ。


不倫=悪いと思うのは間違っているのではないか?人の感情のものさしは人の数だけあるのだ。
違っていて当り前。
一人だけを愛し続ける自信がある人が、この世の中にどれだけいるだろうか?

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小泉今日子は覚悟の上で恋してる!潔い!破局も隠さず言うだろう。



メディアは勝手な事を記事として載せる。
写真のキャプションもわざとらしくつけるだろう。
読んでもらう為買って貰う為には致し方ないのだが。



巷の批判をより大きくしようとするのは如何なものか。
何よりも小泉今日子は動じない。
こそこそしないのだ、度胸が据わっているではないか。


筆者から見れば、イメージの為とかいって、隠す小細工をする芸能人ではないのだ。
自分の気持ちに素直に行動している。余計な事は言わない。
もしも、豊原さんと破局したら、彼女は隠さずに言うことだろう。


「不倫」する人を犯罪者の如く批判するのは如何なものか。
小泉今日子の恋愛に対する考えに、批判する人が多くとも、一方では、大人の恋が出来る人として、こういう人っていいなあとさえ思う人もいるのだ。
小泉今日子、カッコイイぜ!



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「結婚」することだけが幸せな最終到達点ではない。「小泉流恋愛」


小泉今日は一度結婚している。
俳優の永瀬正敏と「夫婦」であった。
オシャレな夫婦だったと記憶している。



結婚した時も離婚した時も、小泉今日子は実にさっぱりと公表している。
彼女は事に於いては真実を伝えたいと思っているのだろう。
それは相手とちゃんと話が出来るという事以前に、彼女の男性を選ぶ目が肥えているということだろう。


「離婚」するということは、「失敗」したということだ。
理由はともあれ、「失敗」の対応がきちっと出来る人だということだ。



だから、離婚後も共演しても何の問題もない。
とかく「離婚」したら同業者である場合、共演などはありえない状況になるはずだから。


小泉今日子という人間に、男でなくとも興味をしめさずにはいられない。
小泉今日子は「戸籍上の夫婦」には拘っていない様に思う。
もしも、豊原さんの離婚が成立しても、「入籍」はないのでは?



まとめ
「不倫」という状況になった人が必ずといっていいほど口にする言葉がある。
「好きになった人が、たまたま結婚していただけなんです。」ほとんどがそうであると思われるが、中には「既婚者」だから惹かれる、独身者であったならば「恋愛感情」など起こらないし、恋愛対象にはなっていなかった。


そう、「既婚者」には「独身者」にはない魅力がある。
イケナイ事はしてはいけないのだが、イケナイ事をしてしまう、してみたいと思うのが人間という「生き物」なのだ。


「不倫」は「一つの恋愛の型」である。
普通の恋愛と違うのは、「異端の恋愛」だということだけである。
「不倫した人」と「不倫された人」が存在してしまうことが問題なのだ。
そして、「それだけ」の理由で「不倫」した人が批判を受ける。
これは、果てしなく変わらないことであろう。